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2007年4月26日 (木)

言葉の役割り

話し方教室セルフコンフィデンスの主宰者・新田祥子が、講座では話さないコミュニケーションや人間関係の築き方について書いています。4月は「役割り」をテーマに書いています。ホームページもぜひご覧ください。→ http://www.droppies.com/

この3日間は話し方について書きましたので、流れに任せて、本日は「言葉の役割り」について考えてみたいと思います。

(人間の役割りについては原点なので、もう少し深く追求してみたいのですが、それはいつかまた機会があったらにしましょう^^;)

言葉の役割り、皆さまはどのように考えますか。

新田は、生命の紡ぎであると考えます。

言葉は原始、単なる記号でした。

例えばはるか昔、二人の人間がいて、片方が相手に対して「あ~」と言いながら物を差し出し、もう片方が受け取る。その行為を何度も繰り返すことで、「あ~」という言葉に対して二人に共通する行動概念がうまれます。

つまり、記号に共通の概念が加わることで言葉となり、進化してきたわけです。

最近の例では、大学の助教授という言葉が消え、代わりに「准教授」という表現になりました。

助教授という言葉には「教授を助ける人」という印象があることが変更理由のようですが、今はまだ、「准」という文字に初めて接する人の方が多く、「准」ってどういう意味?と疑問を持つ人の方が多いのではないかと思います。共通概念が成立していないということですね。

どれぐらいの年月を経れば、准教授=教授に次ぐ立場の人、という認識に直結するでしょうか。

上記のように、私たちは言葉によって思考し生命を紡ぎますが、おりしもこの一週間、新田は日本人の言葉に対する興味深い記事を2つ読みました。

それについては明日以降、順次、お伝えしたいと思います。

本日は以上です(^^;)。

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